大判例

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東京地方裁判所八王子支部 昭和39年(ワ)263号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>を綜合すれば、次のように認められるのである。近之助の一家は家父長支配的な家風であつて、原告は次男であるが、長男の死亡によつて事実上長男の立場にあり、昭和二〇年妻志津子と結婚したが独立できず一家と同居し父近之助と経済を共同にし、原告はじめ弟妹のうちに勤めに出た者はすべてその収入を親に差し出して共同生活をし、やがて近之助が製造する桐下駄を原告が卸して廻わるほか別に仕入れた下駄や鼻緒を行商したが、経済共同体といつてもその収支の権限は近之助が掌握し、原告夫婦は主体性がないので一銭も自由にならず、志津子が昭和二四年中盲腸炎に罹つたときも原告の懇請に対し近之助は「嫁を医者にかけるような金はない」と冷遇して遂いに医療費を支出しなかつた程であつた。昭和二六年近之助原告父子は合意の上、立川市羽衣町所在の原告現住居家屋を買い求めて原告の所有とし、原告夫婦はこれに移り別居し履物小商売を営んだが、原告は店舗は妻志津子に委せて依然卸行商に従事しそれによる収入は全部近之助に差し出し、店舗の収入をもつて夫婦の生計を立て且つそのうちから貯蓄に努めた。しかるに近之助は盆正月等になると原告の右貯蓄を「親の方で貯金しておいてやる。親に預けておけば減る心配はない。」とて自己に差し出させ、原告も前記家風と多年にわたり身に泌みついた親への忍従からいわれるままに、返還についての定めをするでもなく差し出していたが、さすがに不信の念を懐き、妻志津子にその都度の記帳を命じていた。その結果が別表のとおりである。このことは、個人主義的契約原理で捉えがたい家父長支配的な習性から脱し切らない血縁団体内の経済実態のようでもあるが、既に原告夫婦は別居して履物小売商を営んで独立しているのであるし、近之助の「預かる」という言葉も無視できないところであるのでやはり近之助と原告との間に、期限の定めのない消費寄託契約の成立を認めるのが社会的に妥当である。原告は単なる寄託であると主張するが、目的物が金銭であることから寄託と解するのは相当でない。もつとも、消費寄託の返還債務といつても、近之助の一身に専属すべき義務であり、近之助が老衰し経済力生活力を失つたのちは履行不能により自然に当然消滅すべきものと解せられる。そして、<証拠>を綜合すると、近之助は既に老衰し財産もなく原告の実弟堀越光次郎の許に身を寄せ扶養されていることが認められるので、右返還債務は履行不能によつて消滅しており、原告は、この点からしても、もはやその返還債権を基礎としてその主張のように近之助の被告に対する貸金債権を代位行使することはできないものというべきである。(立岡安正)

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